承認欲求の骨

総合的な言語感覚を磨く練習です。

『ハウルの動く城』(2004)を観ました。

 

2018.8.10

金曜ロードショーで、

ハウルの動く城』(2004)を観ました。

 

何パターンか切り口はありそうですが、ざっくりといえば、男と女、人間性と非人間性

明確なコントラストが小気味よく編まれた作品だなぁと思いました。

 

ジブリの作品は、児童小説を主軸にしつつ、

細部まで丁寧に作り込まれていて、まさに純文学をアニメで楽しんでいるような感動があります。『ハウルの動く城』は特に、その文学性が前面に出た作品ではないでしょうか。

 

アニメで描けるスケールの限界というか、やはり文字媒体は強いなぁと、思ったりもしますが、昨今のアニメには無いものが封印されているなと再確認しました(一昔前に流行った新海誠さんの作品とは文学性という点では真逆の路線ですね)

 

作品全体の総評能力などは、私にはありませんので、他記事に譲るとして、

登場人物である「ハウル」の第一印象に、カラヴァッジォの『ナルキッソス』を感じました。

 

誰か、共感してくださる方はいませんか?笑

 

自信が無い青年が、その自己否定の反動として自己愛に溺れ、我を失う姿。

「ナルシスト」という言葉の語源である『ナルキッソス

 

それを画一杯に表現したカラヴァッジォの『ナルキッソス

私が一番好きな絵画作品です。

 

 

誰も触れられない世界に塞ぎ込むことの惨めさ。

 

何十時間、何百時間もかけた絵や歌に宿る力。

芙蓉の様な美しさと、それに囚われることの虚しさ。

 

誰にも評価されないまま、執念で盲信する創作活動は、何も知らない他人から「無駄な努力」だと笑われるか、「面倒くさい」といって黙殺されます。

何度も気が狂いそうなって(実際、私は社会性にズレを感じています)

 

ハウルの動く城』を観て、私は、それでも続けよう、いや、自分なりにも磨いていこうと思いました。

 

だって、批判する奴らは、基本的に「何もしていない」のだから。

 

 

私の人生、映画はせいぜい、数百本ほどしか観たことありませんが、宮崎作品は、創作心を撫でては筆に勇気を与えてくれる、そんな作品だなと改めて思いました。

 

オリジナリティは自分にしか求めない。

そんな風に生きていきたいです。

 

CDレビュー第二回 Radioheadの『Amnesiac』(2001)を聴きました

 

Radioheadの『Amnesiac』(2001)を聴きました

 

 

フジロックにもサマーソニックにも行ったことのない、完全引きこもり貧困音楽好きである私の巣窟、居場所、家であるブックオフは280円コーナーで入手。

 

さて、

 

『Amnesiac』(2001)

 

 

初期はオルタナで始まり、4枚目の『Kid A』を出産以降、何とも形容しがたい、まぁ言うて、ずっとオルタナ寄りなイギリスのロックバンドRadiohead(1991〜)の5枚目、『Amnesiac』を聴き直しました。

 

アルバム全体を通して思うのは、トムヨークがソロ作品等でよく使う音がするということ。

聴き心地がよく、ビターでヘビーで陰極的でありながらも、ユニクロのようなキャッチーさや誰もが手に取れる大手出版社の新書のようなパブリック感がある電子音。

 

基本のトムヨーク 、そう、基本のトムヨーク絵の具で血塗られた一枚の絵画のような印象。

 

(トムヨーク の何たるかは知りません )

 

 

1.Packt Like Sardines in a Crushd Tin Box

★★☆☆☆

(4枚目みたく)掴みバッチリの1曲目、イントロダクション。廃工場がダンスを踊っているような画一的且つ頽廃的なサウンド。

クラスの端っこで一人ロックを聴いて育ったような私にとっては、安らぎを与えてくれるそんな曲です。

 

2.Pyramid Song

★★★☆☆

リード曲。

胎教に良いような気がする。

数学ができるようになる気がする。

幽けきコーラスがセイントな名曲。

 

10.Like Spinning Plates

★☆☆☆☆

先に述べたトムヨークの絵の具とは、かくある印象。たどり着いた基本の味って感じか、私はたまに独り、それだけを作って食す目玉焼きくらい好きだ。とにかく、あまり多くは要らないが、たまに聴くと、効く。

CDレビュー第一回 Mutemathの『Odd Soul』(2011)を聴きました

 

 

Mutemathの『Odd Soul』(2011)を聴きました。

こちらはTSUTAYAにて、レンタル落ち(10円)で購入させていただきました。

 

 

 

Mutemath (2004〜)

 

初めて聴きました、日本でも人気のあるアメリカのオルタナなロックバンド。

 

Kings Of Leon

The Kills

 Cymbals Eat Guitars

 

とかに並ぶくらいかっこいい。

と、評されても不思議ではないな。

と、一聴して思いました。

 

今回聴いた作品、『Odd Soul』には、特にこれといったキラーソングは無かったけれど、コンスタントにかっこよかった。

 

Track 3.「Blood Pressure」★☆☆☆☆

https://youtu.be/cv2mjAgFTaI

ギターリフといい、何も新しいことはないのだけれど、1ギターリフ、1メロ、ギターソロ無し、3分4秒。こういうの、好き。

多分あと5回聴いたら飽きると思うので、2年に一回くらい聴こうと思った。

曲名からThe Killsの地味かっこいい良盤『Blood Pressures』を思い浮かべてしまい、そのイメージが先についてしまって、脳が勝手にカッコいいぞと勘違いしたのかもしれない。

MVがあるので、リード曲なのかな?

知らんけど。

 

Track 9.「Walking Paranoia」☆☆☆☆☆

https://youtu.be/vYA1QAkw4Zo

アルバム通して、一番変な入りの曲だと思います。

お祭りみたいなイントロと、ミニマムなバンドサウンドが、ちょっとあって、あとはマイルドにエモい。

オルタナティブの顔をした、エモチューン。

 

曲名にもParanoiaって付けられていて、本人たちの変な曲にするぞぉーっていう気概が感じられる。

 

メロがピンとこない、星0。

 

 

 

 

淡家朴:第二作品:『駅員』(2018)

『駅員』

 

 

作者: 淡家朴

 

 

 美男子走性の眼球とその他諸々の神経の集合体は、自己の顔面という概念を忘却し、無人駅のふりをしている。

私は、無銭乗車の常習犯を今日も捕まえられないでいた為、無用に苛立っていて、

「ちよっと〻、おじやうさん、そんなところで、そんなかっこうをしていると、いまにつままれますよ。」と言ってやった。

が、無駄であった。無人駅は既に沈黙していた。

粘性の毒液を垂れ流しながら、その眼球は、既に眼前の光景を捉えて離さなかった。

私は二等辺三角形を描くように視点を動かして、その視点の結び目を探してやった。

色の無い箱の色の無いコート、ただ髪の毛を持った180センチ四方の生肉のトーテムポールが、アスファルトから生えて、こちらへ向かって緩やかな突進をしていた。

よく見ると、なんと背中にはギターを背負っているではないか。私は戦慄した。

「おっと、これはまずい。おじやうさん〻、そこを退きなさい。あれは、まずい。バンドマンなるものじゃ。こりゃ〻、退きなさい〻。」

 

無駄であった。

 

無人駅は口角を上げて、こう言った。

「ギターをね、上手に触れる人はね、私にもね、上手に触れるに決まっているわ。そう思っていたの。そう思っていたのだけど、それは全部ウソだった。だから、今度はこうして、無人駅をやって、死んだ木をトーテムポールに、トーテムポールを死んだ木にするの。そういう運命なの。私はお嫁に行けないのだから、こうするしかしようが無いのです。駅員さん、どうか私を止めないでください。これが私の生き方なのですから。何卒〻。」

 

----あゞ、何という。

 

私は、失格だと思った。

私が、失格だと思った。

 

その晩、私は静かに、自分の生殖器を切り取って、死にました。

 

 

 

2018/4/2 

 

 

 

 

 

 

淡家朴:第一作品『くぼっちゃん』(2018)

『くぼっちゃん』

 

    作者 : 淡家 朴

 

 

 

 こましゃくれが、今日までに拾い集めてきた言の葉を、一夜に集め直して、誰も見たこともないような木を夢想し、あからさまな態度をしてしまったのが良くなかったのです。また、特別な力を使うことなく、一夜にして集めたそれらを、誰にでも使えるように、つまり、明らかな状態にしようとはせずに、ただ、わがままに、新しいものだけを選びとろうとするがゆえに、一般に、それはそうだと了解できる範囲の別のところに凝り固まったのが、良くなかったのです。この二つの手前の自我の発動が、ありとあらゆる困難を招きました。これは、私が所謂、希死念慮の類に登り詰めたわけでも、特別を喪失したわけでもなく、まして、冷静な散文を書くために、芝居に狂おうとしたわけでもありません。たとえば、「うつつを抜かす」という言葉がありますが、そういう状態かもしれません。あるいは、死が迫った酒浸り老人が妄言を口にしているさまに同じかもしれません。もっとも、どうでもいい探り合わせですが。

ただ、生活に支障があるわけではなく、現実生活は私を常に幸せにしましたから、かといって、永続的な性質があるわけではないのですから、全く揺れ動きが無いというわけでもありませんでした。

テレビやインターネットも、それなりに見ました。光線を目に沁み込ませるようにして、人としての普通をそこに見つけようと頑張ったのかもしれません。ただ、そこに、じっとしている間は面白いのですが、じっとしていられなくなると、数分間も保つことのできない虚が目の前を覆って、私を静かにしました。要するに、私は退屈の中を生身のままで進もうと緊張するがゆえに、ただそこに自分の肉と心を置き去りにした馬鹿でした。そして、そのようにして囲い込みながら、私は私をまだ知りたがっています。露骨な感情。末尾にはこれを付けたいと思います。

「なんでこんなに不器用に生きているのか、俺にもわからない。ただ俺は、困った時に笑う癖があったから、俺が困った時は、みんな笑っていた。ずっとそうだった。そして、これからも、ずっとそうである。同じように俺は、君と一緒で良かったと思っていた。ずっとそうだった。そして、これからも、ずっとそうである。ありがとうという言葉を封じ得ぬのは、これだけしか知らないからである。ずっとそうだった。そして、これからも、ずっとそうである。」

『憂と鬱』(2018)

 

 

オマエは何を目指して跳ね回る?

当事者が死ねば終わりか?

ニンゲンをコケにしやがって

黒い影が今日も呼吸をする

この存在感は、まさに生き霊

トランス状態が治んないよ

 

だれかのワクチンにもならないなら

これは、ただのウィルスで

何でもありの現代の

アノニマスが生んだ奇跡に過ぎないね

 

おばあちゃんが言ってた

「頭がキレるのはいい。

   でも、キレすぎるのは、良くない。

   言霊は全部、自分に返ってくるからね。」

 

今まで言ってきた酷い言葉が

結晶化して、胸に巣喰った

これ以上生きるなら容赦しねぇぞ?

 

また酷い言葉を吐いた

君の気も知らずに酷い言葉を吐いた

 

言葉は困る

独り歩きするから困る

 

あれは嘘だったの?

 

と言われたら悲しいよ

僕がまだ生きている

これも嘘なの?

って言われているみたいじゃないか

 

僕は生きていくよ

まだ楽しめるから

 

悲しいくらいに生きていくよ

『負け犬の青春群像』(2018)

いじめられていたせいでもある

いじめていたせいでもある

 

あやまったせいでもある

あやまられたせいでもある

 

カーストがワーストだったせいでもある

スタートがゴールだったせいでもある

 

遊び場を拒んだせいでもある

アニメが好きだったせいでもある

 

ヤンキーに憧れていたせいでもある

喧嘩が弱かったせいでもある

 

根性がなかったせいでもある

青春が腐っていたせいでもある

 

うまく笑えなかったせいでもある

コミュ症なせいでもある

 

恥ずかしがり屋のせいでもある

皮肉屋のせいでもある

寂しがり屋のせいでもある

 

それでも

 

今でも

 

前を見続けているせいでもある

 

 

弱すぎたせいでもある

強すぎたせいでもある

 

君に出会ったせいでもある

君と別れたせいでもある

 

子供だったせいでもある

あの人の子供だったせいでもある

 

大人になったせいでもある

逆の逆の立場になったせいでもある

対偶の待遇が別会計だったせいでもある

 

妄想癖のせいでもある

勘が鋭いせいでもある

頭がキレてるせいでもある

 

見てくれのせいでもある

 

死にたいせいでもあるし

生きたいせいでも、あるいは

 

それでも

 

今でも

 

前を見続けているせいでもある

人生は続く

誰のせいでもなく