承認欲求の骨

総合的な言語感覚を磨く練習です。

第6視聴覚日記 『フリクリ プログレ』(2018)

 

Nirvanaでロックの涅槃の頂きまで飛ばされた13歳で以って、

 

オルタナティブロック党で始まり、

ピロウズ党であり、

 

そして、

フリクリ党でもあった私。

 

 

フリクリの続編が出るらしと知ったその時分から、見たいような見たくないような、が、見るのであろうな、の気分でおったわけだが。

 

 

まぁ、見まさーな。

 

フリクリ オルタナ

フリクリ プログレ

の二段構えで来なすった、それを。

 

見まさーな。

 

 

フリクリ オルタナ』に関しては、特段感想は思いつきませなんだ。

PVを見返して、ああカナ?だっけ、ああこんな顔してたっけ、ああこんな感じだったっけ、というような喜びすら起こらない。

 

「なんか違うな」とだけ、拒絶反応を起こすのは、それだけ身体がOVAフリクリを覚えていて、知覚できる範疇を超えた所までも、それを越える、あるいは同等の何かを求め狂うからなのかもしれませんでした(日本語を多分間違えています、失念)。

 

そうしているうちに、『フリクリ プログレ』の公開日がやってきて、私は自動的に映画館へ入ります。

 

月に二度も東宝シネマを訪れたのは初めてでした。

 

で、

 

どうやらプログレの方が、私の知っているフリクリに近いもので、劇中に『Spiky Seeds』が挿入された場面で、ようやく安堵したことを覚えています。

 

健全な青少年の左脳と右脳の間の何だったかをあれして、でっかいのが出てきて…みたいな設定なのですが、

今回は、ヒロインのヒドミちゃんが井出くんに抱く、変態性欲をトリガーにして、それが起こるのが印象的でした。

あ、えらい直球に来ますね、と。思いました。

 

 

それから、

 

怪電波を受信して、天真爛漫な道化となったヒドミちゃんも、これが可愛かった。

 

名曲『MY FOOT』のメロディに乗って飛び跳ねる場面は、とっても好き。

水瀬いのりさんの声、何処かに連れてかれそうな、跳ねぷりに感動。

 

 

言葉にすれば、好きとか可愛いとか、そういう陳腐なものにしかならないので、つくづく誤謬レビューだなと思う次第。

 

 

ジンユもかなりタイプですね。

 

 

 

プログレを見終わって思ったこと。

例えば久し振りに遠くの恋人に会いに行った時に、会ってすぐ、また会おうねとか、次いつ会える。と次を求めて、今を楽しめないみたいな。ああ、これじゃあ今を生きてないわ的な、そういう虚しさな恋しさな、のまじなやつ。

 

ジンユの台詞(うろ覚えです)

小さい頃、花火を描こうとして失敗したことがあるだろう…のくだり。

 

花火を描こうとするんだけど、夜空は黒で塗りつぶすしかできなくて、確かに目の前にあった綺麗だった花火のかたちは描くことができないって。(まず火花を描いて、蝋を塗って、そこから水彩絵の具で塗るとか、最初から黒の画用紙に描くとか、そういうのではなくてね)

 

そういう大きな何かを求めて、大きな何かは掴むことできず、次へと羽ばたいていく。

 

トムスクだったか、アトモスクだったか。

あの怪鳥を追うハル子、それ追う私。という構成や演出は、ちょっとどうかと思うくらい真正面から表現されていたと思う。

 

 

フリクリの新作を見終わるという未来までやってきてしまって思うこと。

それは、開発打ち切りになった、ロックマンDASH3が発売される未来にも生きてみたかったななんて。

私の小さなボキャブラリの中で、カルト的な人気を誇り、発売何年と経ってなお、細々と新作を心待ちにしている人がいそうな作品は、やはりロックマンDASHシリーズです。話が飛躍しました。おわります。

 

 

 

 

第5視聴覚日記 スクウェア・エニックスの『ファイナルファンタジーXV』(2016)をプレイしました。

 

習慣というか、もはやある種の生理なのかもしれない。

1年に1作品というペースで、RPGが遊びたくなる。

 

というか、

 

最後までクリアする為の気概を提げて1年という周期で用意される生理。

その恩恵を受けている。

といった方が的確かもしれない。

 

 

2年前は、『テイルズオブベルセリア』を。

去年は、『ドラゴンクエスト11』を。

 

それぞれ、遊び泣きした。

 

今年は、今年こそは。

イムリーではないのですが、

 

ファイナルファンタジー15

 

これに決めた。

 

RPGをクリアする為には、時間だけではない。根気がいる。指を動かす体力がいる。

そして何よりも、それが心底「楽しみ」であるということ、その濃厚な新鮮を保つことの難しさがある。

 

大人の桎梏を背負ってコントローラーを握る。

ゲームをしている最中が常に穏やかで多幸に満ちた具合ではなくなってから久しい。

 

総プレイ時間は30時間。

 

そんな日々から出費したなけなしの遊び時間で、今年もその生理を謳歌した。

 

 

オープンワールドゲームのエンジンでファイナルファンタジーが動く。

それだけで、まずこのRPGには特別性があった。

ストーリーの内容云々ではなく、オープンワールドゲームであることに、楽しみがあった。

そして実際、ストーリーは率直に言って、物足りなかった。

 

裏に置かれた精緻で面倒くさい裏設定の数々とそのコントラストとしての、宛ら氷山の一角のように据えられた本編…という作り方でもない。

どうやら本当に、意図して薄味にされたような印象だ。

全ての元凶が、寄生虫でした。という設定にも、いささか無理な格好を感じる。

 

ストーリーの叙情性で勝負をしにきた訳ではないというのは私の勝手な好みの暴露でしかないかもしれませんが。

この通り、悪い方に誇張してしまいそうなので、この辺で。

 

主題歌が『Stand By Me』であること以外は、これを良かったと思う感情のそれには上回ることはなかったけれども、30時間を画面に貼り付けさせたというのは、やはりゲームの力。★★★☆☆

 

あとシドニーがエロい。

これは共通言語でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

第4視聴覚日記 Mogwaiの『Special Moves』(2010)を聴きました。

 

 

ブゥゥーーン…

ブゥゥーーン…

 

胃袋にドグマチールを、利き手に黒ボールペンを、両耳にMogwaiを。

 

 

昨日の夜、『ドグ街入り』という歌を作っていましたら、久しぶりに「フロー状態」へトリップ!

いつのまにやら2時間経っていて、針のように鋭く張られたギチギチの弦を押さえ続けた指がボロボロに…。鉄が食い込んだ部分が真っ赤になってしまいました。

 

で、聴きなおしてみると、微妙…。

あれ、こんなはずでは…。

 

 

いくら没入感に溺れても、ダメな時はダメなんですね。

 

 

 

さて、本題。

 

言わずと知れたグラスゴーシューゲイザー、ポストロックバンド、Mogwaiのライブ盤を買ってきて聴きました。(TSUTAYAのレンタル落ち)

 

『Young Team』しか聴いたこと無かったので衝撃…

 

 

 

ピアノが鳴っている!

 

 

もっとパンキッシュで泥臭いのかと思いきや、

洗練されていて、普通に綺麗なバンドサウンド。めっちゃ演奏丁寧やし、繊細。

 

わかりにくく喩えるなら、黒い鋼鉄と星と月の表面のザラザラ。

 

 

特に好きなのは、3曲目。

不穏なアルペジオが滅茶カッコよかった。

「Hunted By A Freak

ミュージック・ビデオも作成されているし、客の歓声も凄いので、おそらく有名曲なのだろう。

滅茶カッコいい。

 

 

 

いつものように、MacBookにアップルの純正イヤホン差し込んで聴いただけだけど、色々聴き方にも拘ると凄いのだろうな…。

 

ライブとか行ってみたい。

 

いつも、それだけ思うが、結局思うだけ。

 

mp4乞食…。

 

まぁ、いいよね。

第3視聴覚日記『ハウルの動く城』(2004)を観ました。

 

2018.8.10

金曜ロードショーで、

ハウルの動く城』(2004)を観ました。

 

何パターンか切り口はありそうですが、ざっくりといえば、男と女、人間性と非人間性

明確なコントラストが小気味よく編まれた作品だなぁと思いました。

 

ジブリの作品は、児童小説を主軸にしつつ、

細部まで丁寧に作り込まれていて、まさに純文学をアニメで楽しんでいるような感動があります。『ハウルの動く城』は特に、その文学性が前面に出た作品ではないでしょうか。

 

アニメで描けるスケールの限界というか、やはり文字媒体は強いなぁと、思ったりもしますが、昨今のアニメには無いものが封印されているなと再確認しました(一昔前に流行った新海誠さんの作品とは文学性という点では真逆の路線ですね)

 

作品全体の総評能力などは、私にはありませんので、他記事に譲るとして、

登場人物である「ハウル」の第一印象に、カラヴァッジォの『ナルキッソス』を感じました。

 

誰か、共感してくださる方はいませんか?笑

 

自信が無い青年が、その自己否定の反動として自己愛に溺れ、我を失う姿。

「ナルシスト」という言葉の語源である『ナルキッソス

 

それを画一杯に表現したカラヴァッジォの『ナルキッソス

私が一番好きな絵画作品です。

 

 

誰も触れられない世界に塞ぎ込むことの惨めさ。

 

何十時間、何百時間もかけた絵や歌に宿る力。

芙蓉の様な美しさと、それに囚われることの虚しさ。

 

誰にも評価されないまま、執念で盲信する創作活動は、何も知らない他人から「無駄な努力」だと笑われるか、「面倒くさい」といって黙殺されます。

何度も気が狂いそうなって(実際、私は社会性にズレを感じています)

 

ハウルの動く城』を観て、私は、それでも続けよう、いや、自分なりにも磨いていこうと思いました。

 

だって、批判する奴らは、基本的に「何もしていない」のだから。

 

 

私の人生、映画はせいぜい、数百本ほどしか観たことありませんが、宮崎作品は、創作心を撫でては筆に勇気を与えてくれる、そんな作品だなと改めて思いました。

 

オリジナリティは自分にしか求めない。

そんな風に生きていきたいです。

 

第2視聴覚日記 Radioheadの『Amnesiac』(2001)を聴きました

 

Radioheadの『Amnesiac』(2001)を聴きました

 

 

フジロックにもサマーソニックにも行ったことのない、完全引きこもり貧困音楽好きである私の巣窟、居場所、家であるブックオフは280円コーナーで入手。

 

さて、

 

『Amnesiac』(2001)

 

 

初期はオルタナで始まり、4枚目の『Kid A』を出産以降、何とも形容しがたい、まぁ言うて、ずっとオルタナ寄りなイギリスのロックバンドRadiohead(1991〜)の5枚目、『Amnesiac』を聴き直しました。

 

アルバム全体を通して思うのは、トムヨークがソロ作品等でよく使う音がするということ。

聴き心地がよく、ビターでヘビーで陰極的でありながらも、ユニクロのようなキャッチーさや誰もが手に取れる大手出版社の新書のようなパブリック感がある電子音。

 

基本のトムヨーク 、そう、基本のトムヨーク絵の具で血塗られた一枚の絵画のような印象。

 

(トムヨーク の何たるかは知りません )

 

 

1.Packt Like Sardines in a Crushd Tin Box

★★☆☆☆

(4枚目みたく)掴みバッチリの1曲目、イントロダクション。廃工場がダンスを踊っているような画一的且つ頽廃的なサウンド

クラスの端っこで一人ロックを聴いて育ったような私にとっては、安らぎを与えてくれるそんな曲です。

 

2.Pyramid Song

★★★☆☆

リード曲。

胎教に良いような気がする。

数学ができるようになる気がする。

幽けきコーラスがセイントな名曲。

 

10.Like Spinning Plates

★☆☆☆☆

先に述べたトムヨークの絵の具とは、かくある印象。たどり着いた基本の味って感じか、私はたまに独り、それだけを作って食す目玉焼きくらい好きだ。とにかく、あまり多くは要らないが、たまに聴くと、効く。

第1視聴覚日記 Mutemathの『Odd Soul』(2011)を聴きました

 

 

Mutemathの『Odd Soul』(2011)を聴きました。

こちらはTSUTAYAにて、レンタル落ち(10円)で購入させていただきました。

 

 

 

Mutemath (2004〜)

 

初めて聴きました、日本でも人気のあるアメリカのオルタナなロックバンド。

 

Kings Of Leon

The Kills

 Cymbals Eat Guitars

 

とかに並ぶくらいかっこいい。

と、評されても不思議ではないな。

と、一聴して思いました。

 

今回聴いた作品、『Odd Soul』には、特にこれといったキラーソングは無かったけれど、コンスタントにかっこよかった。

 

Track 3.「Blood Pressure」★☆☆☆☆

https://youtu.be/cv2mjAgFTaI

ギターリフといい、何も新しいことはないのだけれど、1ギターリフ、1メロ、ギターソロ無し、3分4秒。こういうの、好き。

多分あと5回聴いたら飽きると思うので、2年に一回くらい聴こうと思った。

曲名からThe Killsの地味かっこいい良盤『Blood Pressures』を思い浮かべてしまい、そのイメージが先についてしまって、脳が勝手にカッコいいぞと勘違いしたのかもしれない。

MVがあるので、リード曲なのかな?

知らんけど。

 

Track 9.「Walking Paranoia」☆☆☆☆☆

https://youtu.be/vYA1QAkw4Zo

アルバム通して、一番変な入りの曲だと思います。

お祭りみたいなイントロと、ミニマムなバンドサウンドが、ちょっとあって、あとはマイルドにエモい。

オルタナティブの顔をした、エモチューン。

 

曲名にもParanoiaって付けられていて、本人たちの変な曲にするぞぉーっていう気概が感じられる。

 

メロがピンとこない、星0。

 

 

 

 

淡家朴:第二作品:『駅員』(2018)

『駅員』

 

 

作者: 淡家朴

 

 

 美男子走性の眼球とその他諸々の神経の集合体は、自己の顔面という概念を忘却し、無人駅のふりをしている。

私は、無銭乗車の常習犯を今日も捕まえられないでいた為、無用に苛立っていて、

「ちよっと〻、おじやうさん、そんなところで、そんなかっこうをしていると、いまにつままれますよ。」と言ってやった。

が、無駄であった。無人駅は既に沈黙していた。

粘性の毒液を垂れ流しながら、その眼球は、既に眼前の光景を捉えて離さなかった。

私は二等辺三角形を描くように視点を動かして、その視点の結び目を探してやった。

色の無い箱の色の無いコート、ただ髪の毛を持った180センチ四方の生肉のトーテムポールが、アスファルトから生えて、こちらへ向かって緩やかな突進をしていた。

よく見ると、なんと背中にはギターを背負っているではないか。私は戦慄した。

「おっと、これはまずい。おじやうさん〻、そこを退きなさい。あれは、まずい。バンドマンなるものじゃ。こりゃ〻、退きなさい〻。」

 

無駄であった。

 

無人駅は口角を上げて、こう言った。

「ギターをね、上手に触れる人はね、私にもね、上手に触れるに決まっているわ。そう思っていたの。そう思っていたのだけど、それは全部ウソだった。だから、今度はこうして、無人駅をやって、死んだ木をトーテムポールに、トーテムポールを死んだ木にするの。そういう運命なの。私はお嫁に行けないのだから、こうするしかしようが無いのです。駅員さん、どうか私を止めないでください。これが私の生き方なのですから。何卒〻。」

 

----あゞ、何という。

 

私は、失格だと思った。

私が、失格だと思った。

 

その晩、私は静かに、自分の生殖器を切り取って、死にました。

 

 

 

2018/4/2