承認欲求の骨

総合的な言語感覚を磨く練習です。

淡家朴 『レクイエム』(2018)

 

「私はお嬢様だから、毎日おいしい物を食べてるの。これすごくおいしいのよ。」

呆けた婆さんが介護用のプラスチック皿を震えながら持って言った。何度も自動食洗機の高い水圧に洗われて色の掠れたクリーム色が儚くて、介護用の先割れスプーンを持つ手の力が抜けていくのが分かった。

 

婆さんをどうすればいいのか分からない。

婆さんもどうすればいいのか分からない。

 

後ろの方で失語症の爺さんが、

「ちんこうんこちんこうんこ」と連呼している。昔、小学校の校長先生だったらしい。

 

家に帰ると、同じような光景があった。私はこの先、どんなことがあっても許して、受け入れて、生きていけると思ったのに。だのに、胸に五寸釘で穴を開けられていく。私だって毎日美味しいものを食べたいし、綺麗な家に、綺麗な服を着て、綺麗に生きていたいのに。なんて、キレイ事。目の前にある、この何も偽らざる人たちの姿。この、自分の弱さを曝け出さなければ生きていけなくなってしまった人たちの姿を見ると、私は、いよいよ何処に微笑んでいいのやら分からなくなる。これから、何を喜んで生きていけるのかしら。

 

「お母さん、早く死んで下さい。」女は消え入る様な声で泣いた。何でこんなになってまで生きているんだろう。きっと、審判の神は意地が悪いのだ。死の迫った弱い命を放っておいて、お気に入りだけは嬉々として攫っていってしまうのだ。

 

やがて、その日は訪れた。看取る者からすれば、それは一日一日の出来事の連続でしかなかった。故郷を捨て、街へ出て行った遠い親戚が、ここぞとばかりに涙を流す。

「偽善者、偽善者、偽善者。」

残された者の静かな毎日の痛みを知らない。放って置かれた田圃から、芽生えた毒の植物が、遠い親戚に向かって一斉に睨みつける。

「偽善者、偽善者、偽善者。」

その植物は誰にも聞こえない奇怪なノイズで発狂した。

 

「私の人生を返して。」女は、老婆の死に顔を恨んだ。

 

喪服の偽善者たちは、その日だけ、泣いた。