承認欲求の骨

総合的な言語感覚を磨く練習です。

淡家朴:第一作品『くぼっちゃん』(2018)

『くぼっちゃん』

 

    作者 : 淡家 朴

 

 

 

 こましゃくれが、今日までに拾い集めてきた言の葉を、一夜に集め直して、誰も見たこともないような木を夢想し、あからさまな態度をしてしまったのが良くなかったのです。また、特別な力を使うことなく、一夜にして集めたそれらを、誰にでも使えるように、つまり、明らかな状態にしようとはせずに、ただ、わがままに、新しいものだけを選びとろうとするがゆえに、一般に、それはそうだと了解できる範囲の別のところに凝り固まったのが、良くなかったのです。この二つの手前の自我の発動が、ありとあらゆる困難を招きました。これは、私が所謂、希死念慮の類に登り詰めたわけでも、特別を喪失したわけでもなく、まして、冷静な散文を書くために、芝居に狂おうとしたわけでもありません。たとえば、「うつつを抜かす」という言葉がありますが、そういう状態かもしれません。あるいは、死が迫った酒浸り老人が妄言を口にしているさまに同じかもしれません。もっとも、どうでもいい探り合わせですが。

ただ、生活に支障があるわけではなく、現実生活は私を常に幸せにしましたから、かといって、永続的な性質があるわけではないのですから、全く揺れ動きが無いというわけでもありませんでした。

テレビやインターネットも、それなりに見ました。光線を目に沁み込ませるようにして、人としての普通をそこに見つけようと頑張ったのかもしれません。ただ、そこに、じっとしている間は面白いのですが、じっとしていられなくなると、数分間も保つことのできない虚が目の前を覆って、私を静かにしました。要するに、私は退屈の中を生身のままで進もうと緊張するがゆえに、ただそこに自分の肉と心を置き去りにした馬鹿でした。そして、そのようにして囲い込みながら、私は私をまだ知りたがっています。露骨な感情。末尾にはこれを付けたいと思います。

「なんでこんなに不器用に生きているのか、俺にもわからない。ただ俺は、困った時に笑う癖があったから、俺が困った時は、みんな笑っていた。ずっとそうだった。そして、これからも、ずっとそうである。同じように俺は、君と一緒で良かったと思っていた。ずっとそうだった。そして、これからも、ずっとそうである。ありがとうという言葉を封じ得ぬのは、これだけしか知らないからである。ずっとそうだった。そして、これからも、ずっとそうである。」