承認欲求の骨

総合的な言語感覚を磨く練習です。

淡家朴『人は、しない』(2019)

人は、決めたことをしないなと思う。 私も、他にしようと決めていたことはあるのだけれど、それを無視して、面倒臭がって、こうしてサイトに文を捻っている。 面倒であればやらなくてもいい。 そう私を許す大胆さが私の中に生まれた。 それは気分障害や不眠…

淡家朴『高校球児と性欲の分散』(2019)

受信料を取るNHKが、高校野球を放送する。 立派に営利的ではないかと、育ち過ぎた高校球児の尻を睨みつける。 時速151キロの豪速球を投げる高校生がいるという。 まだ未成熟な肉体を、無理に改造するという。 もはや自傷行為に近いな、とも思う。だって、そ…

淡家朴『見つからぬ相談』(2019)

今、一つの小さな島国が滅びようとしている。 そういえば公園の桜が、咲いていた。 生きる意味が見つからないという常套句を漏らし続けるメランコリー患者のように。或いは、働く意味が見つからないという常套句を吐き散らかす万年転職志望者のように。 そし…

淡家朴『道祖神』(2019)

路傍の生体に執着するのが秘かの愉しみである。瀝青の間隙に沸沸と空いた蟻の巣穴などは、尚、素晴らしい。幽けき存在への憧憬は、私を路傍の生体の観察へと誘う。 暗渠の廃墟などの生体も良いのかも知れないと想像されるが、私の小心によるお化けへの恐怖が…

淡家朴『社会』(2019)

職場の暗い翳になる鬼が居ます。 顔を顰めて、世間にぐれています。 弱いものいじめが大好きな彼女らは、「お局」と呼ばれたりしている人です。 何らかの不遇因を持って、心のうちで世間を呪っている。とりわけ、可能性のありそうな若者に対し、それらを再起…

淡家朴『楽して稼ぎたい』(2019)

仕事が厭になったら、もうあまり積極的に仕事をしなくなるのが、人の常だと思います。 それは、すごく自然なことだと思います。 世の中に楽な仕事など無いと、胸を張ってエッヘンと出来る人というのは、たとえ仕事が厭になっても、それに耐えたり、また別の…

淡家朴『禁酒』(2019)

自閉スペクトラム症や、ADHDといった発達障害の夫を持ってしまった妻が、夫の理解に苦しみ、カサンドラ症候群やパニック障害を起こしてしまったといった夫婦問題のモデルが、精神医療と、家庭裁判所を中心にして流行したのは、今や欧米だけの話ではない。 ワ…

淡家朴『ませた子はバカの証』(2019)

子供とは、頭の固い人のことを言います。 頭が固く、物事を自分で思考したり判断することができません。そのため、周りの大人を頼らざるを得ない。彼らの使う言葉は全て、周りの大人の言い方を真似たものです。 そして、目の前にいる大人たち、こと親に、思…

淡家朴『育んだ創造力で精神を病む』(2019)

知育玩具の、創造力を育みますというキャッチコピーに目掛けて、吐瀉物をぶちまけてやりたいという思いに、毎回なる。 バカの子はバカだということは自明だ。 いくらクソバカ親が子に、そんなものを無限に買い与えたとて、知性は遺伝する。 創造力など、ある…

淡家朴『絶望の詩を歌おう』(2019)

人間達の駆動因が分かってしまうと、人間の愚かさを痛感することになる。 率直に言って、私は全ての人々が厭である。 一人一人の厭な部分が、見えてきて、その部分が、強く印象として保存され、堆積されて、日に日に厭になった。 毎日、不愉快になる。 誰だ…

淡家朴『祖父を思う』(2019)

もう死んでしまった人のことを思い出してみるということは、大切な行いのような気がして、折に触れて、死者の声を聞くのが私の普段の心がけの一つです。何も仏壇や墓石に向かって手を合わせなくても、また線香の煙を上げなくても、それは出来ます。 風の吹く…

淡家朴『職場への愛想、尽きる』(2019)

久しぶりに、少し弱っていました。 それは、人と話すということにおいて、 私自身の認識のズレや意地悪、僻みに関して、 少し反省をしていたと言い換えられるかもしれません。 出回っている常套句や、自明の道理のようなものに対して、再考してみようという…

淡家朴『謝罪攻撃』(2019)

人は知性の多寡で相違する。 怒りという感情の正体は、 「理解不能」による「混乱」だからである。 理屈ではかなわないというのは、 かなう理屈を持っていないと、 言い換えることができる。 その上で、「謝る」という行為の無意味さについて考えてみる。 私…

淡家朴『他人の目が優れているという思い込み』(2019)

「人」という文字の中に、単数でも複数でもなく「他人」という意味合いを保存している言語が日本語である。 その日本語を使って関係を拵えている集団に、残念ながら私も生きている。 「人を見たら泥棒と思え」 「人を呪わば穴二つ」 日本人の、他人の目に対…

淡家朴『定人ではない』(2019)

私の社会的な身の立て方。 つまりは、社会参加の形は、労働者として、また、夫として、或いは父として、そういう衣装に袖を通されて凍らされてしまう。 私という意思の観念形態は、言葉という衣装に袖を通して、以って対世界との関係を拵えている。 しかし果…

淡家朴『人間的に成長って何?』(2019)

不登校になる人がいる。 不登校気味になる人がいる。 そのまま社会に出られなくなる人がいる。 社会に一度出たものの、社会生活が長続きせず、再び社会に出られなくなる人がいる。 パラサイトシングルと揶揄される人がいる。 大人の引きこもりが、メディアで…

淡家朴『結婚障害』(2019)

先日、そこまで仲良くしていた覚えのない友人の結婚式へ参加した。 率直に言って、私は余り楽しめなかった。しかし、行かなければよかったとは思ってはいない。行ってよかったと思った。色々と現場の空気感を知ることができ、実践演習となった。二人には感謝…

淡家朴『浮気についてⅡ』(2019)

イデオロギー、ツァイトガイスト、ドラマツルギーなど、言葉は様々あるが、いずれにしても、それらは人々が属している国家、地域領域内に一般、通用する時代の空気や理念の総称である。 セクシャリティに関する時代の空気や理念について考えてみると、人間が…

淡家朴『変人として生きる寂寥』(2019)

今日は密かに、友人達に別れを告げた。もう多分、永遠に会うことは無いだろうという人たちにも、密かに別れを告げて来た。 誰一人として、私を見送りに来なかったことはご愛嬌か。とにかく、私の人嫌いは完全に実ったようだ。まるで人間失格の刻印を付された…

淡家朴『生きる意味』(2019)

生きる意味はなんですか? と問われたら、 「死ぬのが怖いだけです。」と答えるようにしようと、思ったことがあります。 「あらゆる常套句に対して興味がない。私はそれよりも、もっと上のことを考えている。」 というふうに自己を演じれば、コミュニケーシ…

淡家朴『心拍数の中で考える』(2019)

これは、現時点での人生の感想である。 私は、人と話すことが上手くない。 しかし、身内を観察していると、 私よりも、もっと上手くないと思う。 というのが、何を見てそう思うかというと、 完全に、他人付き合い用の顔を作っている。 つまり、「いい子」に…

淡家朴『身体感覚と思考体温』(2019)

"その言い方は「冷たい」" "なんて「温かい」言葉だろう。" ここで、心が温まる。或いは、心が冷え切る。という時の、温度とは、何だろうか? まさに今、強姦をしている最中だという男の心は果たして冷たいのだろうか? 或いは、老年介護に疲れ果て、今、ま…

淡家朴『注意する声がうるさい』(2019)

人が30人も40人も集まって、全員が澄まし顔をして、静けさを保存しているという様子は、極めて異様である。 そこに咳払いの一つでも落として、その張り詰めた空気を緩和したいという気に駆られる。 30人全員が初対面という事情ならば、静けさが保たれること…

淡家朴『勉強をしたくない人たち』(2019)

僕は勉強をしたくないんです。 と、言い切ってしまうと、バカっぽいので。 そういう人たちは、往々にして「勉強する意味」などという幻想を追い始める。 勉強をする意味とは何か。 「歴史」を勉強する意味は何か? そもそも、歴史とは何か。歴史とは歴史家の…

淡家朴『教育』(2019)

そういう言葉に対面して、ほぼ何も思わなくなってから、一体どのくらいでしょうか。 どうか、と言われても、ええそのようですねと答えることしかできません。 教育論、こういう教育をすれば、こういう人間が育ちますということが、色々書いてあっても、仕方…

淡家朴『子育てという無駄な努力』(2019)

子育てとは、全て無駄な努力である。 何故ならば、セックスをして子供を作りさえしなければ、その努力はしなくてよかったことであるからだ。 言うなれば、セックスのオプションである。 しかし、こう言い捨ててしまうと、あまりに救いがない。 何故ならば、…

淡家朴『思いやりというオナニー』(2019)

人は、性が下手である。 人の人を好きになり方が、顔や、血、目の色や、皮膚の色、障害の有無、思考、解釈の違い、身長、脚の長さ、胸の大きさ、脂肪の量… とにかく、そういった、差異を経由することが、性の下手な何よりの証拠であろう。 性が下手とは何か…

淡家朴『浮気とは何か』(2019)

浮気とは何か。 まず、手元の検索エンジンを使ってみる。goo国語辞書によると、 1 一つのことに集中できず心が変わりやすいこと。また、そのさま。移り気。 2 (性愛の対象として)特定の人に心をひかれやすいこと。また、そのさま。多情。 3 配偶者・婚…

淡家朴『虚像』(2019)

書き手があるということは当然、書かれたものが存在していくということに結びついている。そして、書かれたものは常に、読み手の視線が注がれることを待っている。 私は書き手として、視線を設定するという一番大切な作業を怠っていたようだ。 つまり、何処…

淡家朴『存在と無気力』(2019)

私は何だろうか。 確かにある、このはっきりとした実際。 身に覚えている存在。 「実存」という言葉があるようですが、それはそれで、そういう一つの到達地点。 古い流行歌謡のような哲学。 じゃあ、私は、何なのか。 私は、きっと、それではないし。 そうい…